2002年12月 |
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やはり寝正月12月31日 |
大丈夫じゃないです。体温が常に38度オーバー。緯度なら北朝鮮に突入してます。さっき、38度9分を記録しました。体中痛いです。動きのひとつひとつが、まるでフィルターがかかってるように鈍い。本当に寝正月だ。なんとか、来年の訪問開始日までには治したいよ。
それではみなさん、よいお年を。
回顧12月30日 |
ところで、相馬氏は風邪大丈夫?
今日は本年最後のぼくの日誌です。いつの間にやら今年もあと24時間ありません。何を語りどのように動いたのか、正直そんなにしっかりとは覚えていないことのほうが多いです。でも、この後の一生の中で折に触れて「そういえば、あんなことを考えたことがあったな」と思い出すことが多い年になりそうです。どんなことを語ったかよりも、ものを考える上での自分の嗅覚がとぎすまされたような、そんな一年でした。
昨日今日と一日二杯ずつラーメンをすすっております。来年もすすることでしょう。では。
抱負12月29日 |
山田くん、日付間違ってますよ。と突っ込もうかと思ったら、28日なのに「27日」って書いてあるから「イェスタデーー」なのか、ひょっとして。いいのかそれで? 面白いか?
今年は「漂流教室」としてあちこちの集会に呼ばれ、もしくは押しかけして、ずいぶん勝手なことをしゃべってきたのだが、思い返すと赤面することばかりで、どうにも落ち着きが悪い。
発言自体はそう間違ったことは言っていない。だが、言い方が悪い。例えば、教師の集まりに出て「学校が悪い」と一席ぶつのは実は結構簡単なのだ。その会の性格と正反対の発言をすることは、会の性格に沿って無難な発言することと同じくらい簡単だ。私は面倒くさがりだがひねくれものなので、簡単にできることはしたくない。
最も難しいのは、一見なにを言っているかわからなくて、後からよく考えてやっぱりわからない。しかし、どこか惹きつけるものがあってどうにも忘れられない。そんな言葉である。さて、そんな発言ができるようになるのはいつのことか。すぐにできるとは思えないので、あえてタイトルから「来年の」という文字を外した。
帰省12月27日 |
今日はお友達が来て、ギターを弾いてくれています。
イェスタデーーーー
風邪の予感12月27日 |
車に乗り込みドアを閉めようとしたら閉まらない。どうやらフックが開いた状態で瞬間的に凍ってしまったらしい。このままではドアを開けたまま車を走らせなければならない。これが本当のオープンカー。窮余の策でロックしてみた。やった! ドアが閉まったぞ! ついでに開けたくても開かなくなった。鍵をかけた状態で凍ってしまったらしい。
かくして車の中に閉じ込められたわけだが、引田天功ばりのイリュージョンを展開する必要もなく、エアコンで車が暖まったら開いたよ。
今年の訪問は今日で最後(の予定)。とたんに頭痛と咳が襲ってきた。今まで抑えてきたのが、休みを前に気が緩んだのか。風邪ひきで年末年始を迎えることになるかもしれない。別な意味で寝正月。いやな悪寒、いや予感がする。
冬将軍暴れる12月26日 |
今日、訪問先の子どもが風邪を引いたらしく途中で切り上げることになりました。
どうも風邪が流行っているらしいし、上空には氷点下五十度以下の寒気が入っているし、冬らしくなってきましたね。
訪問先に向かうために車のドアを開けようとすると、開かない。エイヤッと力を込めるとばりばりという音と共にゆっくりと開きました。ドアが凍っていたのです。
いよいよ年の瀬ですが、みなさんも健康と寒気には十分気を付けて。
雪クリスマス12月25日 |
クリスマスの本といえば、私には何と言ってもレイモンド=ブリッグズ『さむがりやのサンタ』なのだが、本屋のクリスマスコーナーを見る限りあまりそうでもないようだ。並べている店は稀。そもそも本自体置いてなかったりする。さみしい。
売り切れてしまって置いてない、ということにしよう。
私はこの本で「もらいっぱなしはイカン」ということを学んだ。プレゼントをもらったらお礼が必要なのだ。それが当たり前なのだ。サンタが喜ぶのはバーボン、スコッチ。お菓子は嫌がる。家の手伝いをして、お酒を買うお金を貯めた。いい子だと思う。我ながら。
話は変わって、実は数日前にワイパーが壊れた。「なんとかなるさ」と夏用ワイパーでほったらかしていたからで、当たり前といえば当たり前。それでも、「まあ壊れててもなんとかなるさ」とまたまたほったらかしていたのだが、今日の大雪でさすがに観念した。新品ワイパーはさすがにスゴイ。これがプレゼントだったらね。もちろん自腹だ。ちえっ。チェ=ジバラ。
お小言をプレゼント12月24日 |
クリスマスイブでした。みなさまはいかがお過ごしでしたか?ぼくは今日も今日とて訪問二件。相馬氏も三件の訪問だったはず。小雪の散る中、「おやおやホワイトクリスマスになりましたか」などとつぶやきつつ渋滞でいらいらしておりました。
さて、「ぼらなび」一月号の巻頭特集に漂流教室が載っています。スタッフ岡崎さんのレポートと飲み会で逝っちゃっている目の山田や真剣な勉強会の模様が載っています。ここでクイズです。実はある写真に山田の飼いネコの背中が写っています。どの写真でしょうか。答えは次回の日誌で。
で、これを見てボランティア希望の連絡をしてくる人に一つ知っておいてほしいことがあります。メールで連絡してくる時には、自分の名前と連絡先くらいは入れてください。自分の素性を明かすのは問い合わせする際の礼儀というものです。
行きつ戻りつ12月23日 |
東京タワーの展望台は床にちょっと面白い仕掛けがしてある。ところどころにぶ厚い強化ガラスがはめ込んであって、真下を覗けるようになっているのだ。地上150メートル。これは怖い。上に立つと足がすくむ。お尻の辺りがもぞもぞする。
でもねーこれがねー。足下に豆粒のような人たちを見下ろすうち、だんだんそこでジャンプしてみたくなるんだよね。もちろん、ちょっとやそっとで割れるようなガラスじゃないし、その下には鉄柵も嵌っているから、ジャンプしたところで落ちることは万に一つもない。
でも怖い。勢い込んだつもりがそーっと飛び跳ねてしまう。ドキドキ。でもジャンプしたい。でもできない。この気持ちと雪道スピンの誘惑は同じです。わっかるかなー。わっかんねーだろーなー。
一昨日の日誌、ラーメン屋は潰れたんじゃなく急遽移転した模様。よかった。
お家で過ごした12月22日 |
安全運転で頼む。それしか言えないや。あとは祈るばかり。
本日は一日家からでることなく過ごしました。だって寒いんだもん。
通信に載せていたメディアリテラシーの記事をリライトして過ごす一日。
年内にはHPを更新したいものよ。
回りたい12月21日 |
気になるラーメン屋に行ってみたら潰れてるわ、図書館に本を借りに行ったら全部貸し出し中だわ、あれこれ空振りな今日。
ここ数日の道路はまるでスケートリンクのようだ。この間も、片側1車線の道路で、路中の車をかわそうとハンドルを切った瞬間、後輪がスリップ。すわ、スピン。あわててカウンターを当てる。しかし、今度は前から対向車が! 路中の車と対向車にはさまれた狭い空間を、車体を斜めにしたまま、絶妙のハンドルさばきですり抜け、そのまま雪山に突っ込んでなんとか止った。ふう。冷や汗かいた。
スピンは怖い。いつどこでするかわからないから、気が抜けない。でも、ちょっと回ってみたいなー、なんて誘惑が心の隅をかすめることがある。片側3車線、しかも車が1台も走ってない、なんて状況になったらきっと回っちゃうと思う。思い切りアクセル踏んで急ハンドル。くるくるくる〜。合計6車線を回転斜め横断だ。そんなチャンスは来るかしら。
自分ボックス12月20日 |
昨日、これまでの日誌をすべて見返してみた。丁度、自分ボックスと同じことをしてみたワケだ。
で、わかったこと。
・二人とも、ちょくちょく飲み過ぎ・寝過ごしなどで書き込みがダレることが多い。
・相馬の方が花鳥風月について書いている。
・相馬の方が飲んでいる。
・山田の方が食べ物についての話しが多い。
・山田の方がネコの話しが多い。
・まじめな話しを続けることもできる。
さて、少しは私たちの姿が見えてきたでしょうか。
雪は降る12月19日 |
飲んだねー。しかもカラミ酒。良くないねー。
岩見沢に行った山田から、すごい吹雪だとの電話。私も、今日、雪捨てのトラックを見た。さすがに根雪になるだろう。
雪といえば最近気づいたことがある。降った雪がフロントガラスで融ける。降り始めのころは、融けた跡が埃で汚れていた。雪は大気中の埃を抱いて降ってくる。それが残ってガラスが汚れる。それが今は前ほど汚れなくなった。
地面が雪で覆われて、あまり埃がたたなくなったのかもしれない。ずいぶん雪が降ったから、その分大気中の埃が減ったのかもしれない。理由はよくわからないが、面白いと思う。心なしか月がきれいに見えるような気がした。単純なのだ。
お座り!お預け!12月18日 |
札幌医大での月一勉強会の日。今月は忘年の意味を込めてか、ワイン・発泡酒やおつまみなどを頂きつつのお話でした。
だが、しかーし。
ぼくら漂流教室はいつものように車で訪問なので、当然飲めません。だというのに、はかったように目の前にはワインのボトルと発泡酒の缶が置かれています。ぼくらはあたかもお預けをくらった犬のよう。「山田さん、ビール飲んでね」と言われて、「正直心が揺らいでます」と答えると「だめだよ、それは」と釘をさされました(もちろん、理性の方が勝ってますよ。氏家先生)。
ぼくはおやつ好きなのでポテトチップスやポッキーをもりもり食べて憂さを晴らしていましたが、相馬氏の辛そうだったこと辛そうだったこと。「車じゃなかったら、ここにあるの全部飲んでやるのに」と暗い目をしてうつむき加減でつぶやいておりました。彼は帰宅後に浴びるほど飲んだようです。
しみじみ情けない12月17日 |
本を買ったついでに文房具コーナーに寄った。
以前、万年筆を愛用していたことがある。高校生の頃だ。1000円程度の安い品だったが、なかなか使い心地が良く重宝していた。探してみると、さすがに同じものはなかったが、似たような商品が何点か出ている。けっこう使いやすそうだ。ところが、手にとって驚いた。
ペン先がぐにゃりと曲がっている。調べると、前から2列目までは全部曲がっていた。おおかた、書き味を調べるのに、インクが出なくてグイグイ押し付けたのだろう。開けてみれば、インクカートリッジが入っていない。それは書けないだろう。これでインクが出たら驚きだ。
曲がった万年筆を見ていたら、なんだかひどく情けない気持ちになった。万年筆の使い方もわからないで、曲げたらそのまま黙って戻して。こんなに情けないことはないと思った。今年もいろいろあったが、これが一番こたえた。よし、万年筆買おう。奮発して良いものを買おう。突然そう決めた。
高級うどん12月16日 |
昨日の夜、うどんを食べ終わった後、車に乗ろうとして、あらびっくり。キーの綴じ込みをしちゃいました。
家に戻るのにタクシーを使ったせいで、安いはずのうどんが高級うどんに早変わり。とてもおいしかったです。
もう少しで免許の書き換えなので、その時にはJAFに入会しときます。
夜になって雪で、こりゃ明日の朝は思いっきりつもって滑るな。気を付けます。
今日は休日12月15日 |
ジャガイモの始末に困った友人がイモ餅をつくるというので、志願してやらせてもらった。分量には「ジャガイモ3個につき片栗粉大さじ6杯」とある。冗談のようにでかいジャガイモが3つあったので、それを使うことにした。少しでもカサが減れば友人も喜ぶに違いない。
こいつを茹でてマッシャーで潰し片栗粉を混ぜてこねる。ところが、これが熱い。尋常じゃなく熱い。少しでも冷まそうと牛乳を入れてみた。どうせだから、片栗粉を溶いて入れた。ちっとも冷めなかったのであまり意味はなかったが、鍋つかみにビニール袋をかぶせることでこの問題は解決した。実に快適。あまりに軽快に作業が進むので、途中でビニール袋が破れていたことにも気がつかなかった。
それでもなんとか出来てしまうところが恐ろしい。もっとも、あまり真面目に潰さなかったので、小さなカタマリが残っているものもある。「食感の違いが奏でる妙」という言い訳を思いついた。
古本のこと12月14日 |
最近、古本屋で横光利一の選集を購入した。
古本屋というと個人がやっている、小さく狭く暗い店内というイメージがあるのだが、最近の古本屋はずいぶんと明るくコミック中心でゲームなんかも取り扱っているので、ぼくにしてみると少々物足りなさを感じることもある。しかし、そんな中に昔出版された活字本を見つけるとうれしさは倍増だ。ちなみに、選集は100円だったのでうれしさは3倍くらいか。
高校の教科書に載っていた「蝿」をもう一度読んで寝ます。
佐為12月13日 |
目が覚めたら外はすっかり銀世界でした。びっくりした。
ところで、一昨日の日誌は「佐井」じゃなくて「佐為」でしたね。「佐」は「補佐」の「佐」で、訓読みで「たすける」。マンガの中の役割を見るに、「佐(たす)けを為す」という意味で「佐為」とつけたんじゃないだろうか。
一口に「たすける」と言ってもいろんな形があって、「人」の「左」と書くことからもわかるように、「佐」という字は「そばに寄り添い、支える」という状態を指す(そういや、ヒカルに対する佐為も「寄り添い支える」関係になってるな)。これはメンタルフレンドの姿勢に通じる。ところが上手くはいかないもので、どうしても「佐為」の「為」のほう、つまりなにかを為したくなってしまうときがある。アドバイスをしたり励ましたり、喝を入れたり諫めたり。黙って話を聞いて寄り添って、を貫くのは相当骨だ。「為すべきか為さざるべきか。それが問題だ(To be or not to be.That is the question.)」。シェイクスピアの有名な一文の通りである。
別にしてもいいんじゃないの。悩む子どものためなんだから。そう思うこともある。ところがこんな言葉もある。「人が為すと書いて“偽”と読む」または「人の為と書いて“偽”と読む」。誰の言葉かはっきりしないが、私は住井すえが書いたものを読んだ。それが中学生の時で、以来、なにかしようとするたびこの言葉が頭をよぎる。
もちろん、その子の「為」になにかを「為す」ことは悪いことじゃない。でも、それが「偽」になる可能性を私はどうしても払拭できない。自分の不安を紛らすためじゃないかと問われたら、「違う」と自信を持って答えられない。ならばやはり「佐」でいよう。ここまで強引なこじつけで展開したが、気持ち新たにそう思う。これホント。
食べる話し12月12日 |
昨日は寒かっただけですが、今日は雪で路面がツルツル。いよいよ最高時速40キロで走らなければならない時期になってきました。
相馬氏の話しでは雨を飲むことが書かれていますが、冬と言えばつららを舐めた記憶はありませんか。カスミを食べて生きる人もその人たちにすれば、特別なことをしているとは思っていないでしょう。そういう環境ならそれなりの生活をしていくだけという見方もできますね。
木曜日は訪問が終わって家に帰ると「どっちの料理ショー」の途中です。本日はすき焼きVSおでん。絶対すき焼きだと思っていたら、6対1でおでんの勝ち。どうにも納得いかないと思いつつ夕飯を食べていました。
次代二題12月11日 |
それにしても今日は寒かった。空気がぴんと張りつめている。信号待ちをしながら、澄んだ空を見ていたら、ずいぶん前に聞いた話を思い出した。オーストラリアの雨は世界一美味しい、という話である。
雨の味は場所場所によって違う。雨が美味しいということは、空気と水がきれいだということだ。だから、雨は環境を計るバロメーターである。オーストラリアは空気も水も実にきれいだ。だからみなさん、雨を飲んでみてください。飲んで美味しい雨を次代に残すことが私たちの使命です。
確か、どこだかの大学教授だったと思う。雨の第一人者である。ひたすら雨の味について話していた。人はカスミを食っては生きてはいけない、などと言うが、こうして雨を飲んで生きている人がいるくらいだ。案外、なんとかなるのかもしれない。
久しぶりの早い帰宅で、数ヶ月ぶりに「ヒカルの碁」に間に合った。佐井消える。人はこうして次代に思いをつなぎ、こうして失ったものを哀しむ。好きな回だが、また来週からは観られない。多分。
ありゃ12月10日 |
パスワードがPCから消えてしまい、相馬氏に確認のメールを出して待っているうちに寝てしまいました。
これから、市民活動促進センターにて報告会です。では。
いくぢなし12月9日 |
本屋に行くと必ず手にとってしまう本がある。多治家礼著『ダジャレ練習帳』(ハルキブックス)。買う気はないので、いつも手に取るだけだ。会社で学校で飲み会で、場所場所に応じたダジャレが満載である。
というのも、私はひどくダジャレが苦手なのだ。それで、ちょっと練習しようかな、と手に取るのだが、あまりのレベルの高さ(低さ?)に結局棚に戻してしまう。どうも、その方面ではとことん才能がないらしい。
ところが得意な人というのはあちこちにいるようで、例えば教育関係の本を読んでいても、彼らの作品に出くわすことがある。以前にここで「共育」を取り上げたことがあったが、今度は「育自」だ。そんなもの勝手にやっておればよろしい。わざわざ記すことでもない。
そんな程度なら俺だってとウンウン考えたが、さんざん頭を搾って「意気地」しか出てこなかった。もうだめ、これ以上は無理。いや、それではあまりに意気地がない。筋肉少女帯に「いくぢなし」という名曲がある。
拝命12月8日 |
あわわ。忘れるところだった。
本日は、「第八回登校拒否・不登校問題 全国のつどいin北海道」第一回実行委員会に出席。一回目の実行委員会だというのに、大坂・神戸・東京などから、関係者が続々と集まって、このあとの盛り上がりを予感させる。
漂流教室の二人も事務局員で手伝わせていただきます。よろしく。
で、HPも作成中だそうですが、20日まで待ってくださいとのこと。20日になったら、日誌でHPアドレスを出します。
それは飲むもの食べるもの12月7日 |
「これはコラーゲンがたっぷり入って肌に良い」。
知人が化粧品の説明を受けているのを横で聞いていた。コラーゲンというと豚足である。食べる分にはかまわないが、豚足を顔に塗りたくろうとは思わない。知人も浮かない顔をしていたのであろう。相手は別の商品を取り出した。「これには鮫の油が入っている」。
コラーゲンにせよ鮫にせよ、食べ物として出てきたときには嫌う人が多いのではないか。それが顔に塗って平気なのはどこか感覚が狂っているように思える。そういや、日本酒風呂というものがあったが、やはり酒は飲むもので身体を浸ものじゃない。昨日は「漂流教室」の忘年会だった。うまい酒を飲んだ。招待した「ちせ」の年長さんから「楽しかった」とメールが来た。
スーパーロボット12月6日 |
下の記事をご覧下さい。もはや、ロボットは人の感情を読みとることすらできそうです。
このごに及んでは、メンタルフレンドは人間に限りません。これからはアシモに頼みます。
ホンダも世のため人のためになるので、協力してくるはず。頼んだぞ、アシモ。http://www.mainichi.co.jp/digital/computing/archive/200212/05/1.html
言わなくていい言葉12月5日 |
NHKラジオ第2の「みんなのうた」がやばい。BEGINの歌う「おつかれさん」という曲がやばい。なにかがツボを押すらしい。聴くと必ず泣いてしまう。今日は2回聴いたから2回泣いた。ラジオを聴くのは運転中なので、運転しながら泣いた。サングラスで涙は見えなかったはずだから、怪しい人とは思われずに済んだはず、と自分を安心させている。
お父さんは自分にだけ「あの言葉」を言ってくれない。酒屋のおじさんにも八百屋のおばさんにも、お母さんにも言うのに、自分にだけ「おつかれさん」と言ってくれないと悩む子どもの歌。それで、自分からおばあさんに「おつかれさん」と言って驚かせたりしている。
その子の寝顔に向かってお父さんが言う。お前はまだ疲れたりしたらあかん。まだまだ楽しいことばかりなんだから。
本当にそうだ。しかし、思い返せば、私も訪問先の子どもによく言っているではないか。「おつかれさん」と。
「大人になったら苦労するんだから、今のうちくらい遊んでおけ」はだいたい真実だが、「大人になってから楽だから、今から苦労しておけ」はだいたい嘘だ。嘘なのに、そっちばかりが蔓延して、いつの間にか真実らしくなっている。そういや、「しなくてもいい苦労をして」という言葉を聞かなくなった。その代わり、「しなくちゃいけない苦労」もしなくなったに違いないと私は思っている。
「大人になったら苦労するんだから、今のうちくらい遊んでおけ」は「大人は苦労するもんだ」ということが前提にある。それが「大人になってから楽だから」にすり替われば、大人の「しなくちゃいけない苦労」が消えるのは道理だ。消えてそれはどこへ行く。それは、「今から苦労しておけ」と言われて「しなくてもいい苦労」をしている子どものところにある。
「おつかれさん」は、NHKラジオ第2で木曜日の10:35、12:35、22:20の3回放送されるようです。え、今日もう1回あるのかよ。また泣くのか。
運動12月4日 |
今日は訪問先の近くの公園でキャッチボールをした。
ひさしぶりに運動すると気持ちがいい。雨か露か分からないが、湿り気を帯びた土を踏むと、ずるっと滑る。楽しい。
根雪になればできない楽しみ。また遊べるといいなぁ。
チャータースクール12月3日 |
むう。2人して手抜きはいけないなあ。
先月の30日、「北海道チャータースクール推進センター」主催の学習会に行ってきた。私はチャータースクールにはさほど興味がないのだが、これは「親が子どもの教育に徹底して責任を持つ」ということなんだろうと勝手に思っているので、まあいいシステムなんじゃないかと思っている。そして、それ故うまくいかないのではないか、と怪しんでいる。
ひとつには、「子どもの教育に徹底して責任を持つ親」というのはそんなにいないだろうという懸念。もうひとつには、その責任を普遍化できるのかという懸念がある。つまり、自分の子どもが在籍している間はまだしも、そうでなくなったとき、どれほどの親が同じような情熱を注げるのだろう、ということだ。
もちろん、情熱を株式と置き換えれば、必要なくなった人の代わりに新たにそれを得る人も出てくる理屈にはなる。まったくの杞憂かもしれないけれど。
結局、いま日本にチャータースクールが導入されたとして、最もメリットのあるのはシュタイナー教育の関係者だろう。既に理念も教育方法も確立されていて、ないのは資金だけだからだ。それ以外は、まず「継続」というところが怪しい。フリースクールにも当てはまる、耳の痛い話のはずである。
昼夜逆転のため12月2日 |
昼夜逆転をもとに戻すため、がんばって起き続けました。今日はもう寝ます。
んがあー。んごぉ。
済まぬ12月1日 |
プロレス観て飲んでぐあい悪い。それでは。
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